
Chiya Katha vol.2 - 「Alexのティーストーリー」
Chiyaとはネパール語で「お茶」、Kathaとは「お話」の意。
「Chiya Katha(チヤカタ)」は、普段からお茶を愛するChiyabaの仲間やお客様、友人・家族を訪ね、それぞれのお茶との出会いや、日々のティーリチュアルについてお話を伺うシリーズです。
第二回目のゲストは、アメリカ・ロサンゼルス出身のAlexさん。
音楽やサッカーを追いかけて世界を旅し、ブラジルや中国で暮らしてきたAlexさんは、現在、日本茶をはじめとする世界各地のお茶についても執筆し、自らも日々お茶を淹れながら、その文化を探究しています。
今回は、鎌倉にあるAlexさんのご自宅へ。
古い日本家屋の一角に残された茶室で、夏にぴったりだという生プーアル茶をいただきながら、彼のお茶との出会いから、世界中の茶文化に惹かれるようになるまでの物語を伺いました。
Chiyaba(以下C):私たちは、Chiyabaをネパールのお茶だけではなく、まだ知られていないアジアのお茶や文化を伝えるブランドにしていきたいと思っているんです。
ネパールをはじめ、ブータンや中央アジア、アフガニスタンなど、まだ広く知られていない産地や茶文化がたくさんありますよね。そうした、見過ごされてきた小さなお茶の物語を紹介していきたい。
そこで、Alexに、「どうやってお茶と出会ったの?」という話を聞いてみたかったんです。
Alexさん(以下A):実は最近、僕もそのことをよく考えていたんだ。
今、世界中ですごい抹茶ブームが起きているでしょう。もう手がつけられないくらい(笑)。
本当にいろいろな人から抹茶について聞かれるようになった。日本に長く住み、『ニューヨーク・タイムズ』や『ニューヨーカー』にも寄稿している知人から、ある日電話がかかってきて、
「今度、パネルディスカッションで抹茶について聞かれるんだけど、何を話せばいいと思う?」
と言われたんだ。
その瞬間、頭に浮かんだのが、
“Matcha is the new cocaine.”
「抹茶は、新しいコカインだ」
という言葉だった(笑)。
C:そのうち「抹茶マフィア」が現れそう(笑)。
A:いや、本当にそれくらいの状況なんだよ。
希少な抹茶をコネクションを使って手に入れたり、ほんの少しの量をみんなが必死で探したり。まるで秘密の取引みたいになっている。
宇治のような産地は土地も限られているし、生産量を急に増やすことはできない。石臼で挽く工程にも限界がある。
このブームを複雑な気持ちで見ている人もいると思う。
でも正直に言えば、僕自身がお茶の世界に入ったきっかけも、抹茶だったんだ。
C:最初に抹茶を飲んだのは、どこだったの?
A:最初に「これはすごい」と思ったお茶は、実は抹茶ではなくて、粉末緑茶だった。
2009年か2010年頃、ブラジルからロサンゼルスへ戻ったあと、西LAにある昔から続く寿司屋へ、日本人の友人とよく行っていたんだ。
そこで出された粉末緑茶を飲んで、
「うわ、これ、すごくおいしい。何なんだろう?」
と思った。
後から知ったんだけど、三重県・伊勢のお茶だった。
C:抹茶と粉末緑茶は、どう違うの?
A:粉末緑茶は、抹茶のように茶畑を覆って日光を遮って育てるものではなく、煎茶に近い方法で作られた茶葉を粉末にしたもの。だから抹茶とは香りや渋みも違う。
その寿司屋では、スプーンですくった粉をお湯に入れて混ぜるだけ。茶筅も使わない、とてもカジュアルな出し方だった。
でも僕は、その味がどうしても気になった。
「これはどこのお茶ですか?」
と聞いて、パッケージを見せてもらったんだ。
輸入元は、ロサンゼルスのリトルトーキョーにあるBeelineという小さな会社だった。アメリカの蜂蜜を日本へ輸出し、日本のお茶をアメリカへ輸入している会社で、一般向けのお店ではなかったんだけど、僕は直接訪ねて行った(笑)。
向こうも、
「一体、何をしに来たの?」
という感じだったと思う。
当時の僕は、お茶について何も知らなかった。家族にも友達にも、お茶に詳しい人なんて一人もいなかった。
ただ、「このお茶をもっと飲んでみたい」と伝えて、いろいろ試飲させてもらったんだ。
A:その頃付き合っていた彼女が、ある日、伊藤園の抹茶セットのようなものをプレゼントしてくれた。
でも僕は、なぜかすごく不機嫌になってしまって(笑)。
「何これ? なんだか大企業の商品みたいじゃないか」
「お茶を始めるなら、もっとクールなものが欲しい」
と思ってしまった。
今思えば、本当にひどい彼氏だったね(笑)。
C:でも、ちょっと分かる(笑)。どうせなら、自分が格好いいと思うものから入りたいんだよね。
A:そうそう。
だけど、そのセットがきっかけで、
「そもそも抹茶って何だろう?」
「粉末緑茶とは何が違うんだろう?」
と、自分で調べ始めた。そうして気づいたんだ。お茶の世界は、とんでもなく広い。結果的に、抹茶がお茶の世界への入口になった。
A:僕はもともと、ラテン文化の中にいると、とても居心地がよかった。
ブラジルで暮らしていた頃の、鮮やかな色、大きな音楽、大きなリアクション。ああいうエネルギーが自分にとって自然だったんだ。
当時はヒップホップを聴いて、ラテンパーティーへ行って、いつも刺激の中にいた。
でもお茶を飲んだとき、
「え、これもすごくいいな」
と思った。
それまでの自分の世界とは、まるで反対だったから。
僕は本当に騒がしい人間なんだけど(笑)、お茶を飲みながら、
「自分って、落ち着くこともできるんだ」
と初めて気づいた。
静かになることで、それまで聞こえなかったものが聞こえるようになった。それが、とても不思議だったんだ。
C:私もヒップホップやラテン音楽が好きだから、すごくよく分かる。
A:僕たち、どうして今、日本にいるんだろうね(笑)。
A:抹茶をきっかけに、
「これは何?」
「じゃあ、こっちは?」
と、少しずつ興味が広がっていった。
その頃、中国に住んでいた友人から「遊びに来いよ」と誘われたんだ。
お金もほとんどなかったけど、片道航空券を買って中国へ行った。最初は、数週間滞在するくらいのつもりだった。
C:片道航空券で?
A:そう(笑)。
でも2か月が経つ頃には、完全にお金がなくなっていた。
それでも、滞在していた重慶という街があまりにも面白かった。あれほど大きな都市なのに、当時は外国人がとても少なくて、本当に月の裏側へ来たような感覚だった。
もちろん、最初に興味を持ったのは茶館だった。
街のあちこちに小さな茶館があって、中国語を練習するにも最高だった。店の人たちは、
「これを飲んでみて」
「次はこれ」
と、何時間でもお茶を飲ませてくれる。
お菓子を食べながら、2時間でも3時間でも、4時間でもいていい。僕は人と話すことが好きだから、すごく楽しかった。
でも、アメリカへ帰るお金はもうなかった(笑)。
だから、
「もう、中国に住もう」
と決めたんだ。
A:その後、大学で仕事を見つけた。
週に2日、「西洋文化」を教え、大学がアパート代を負担してくれて、僕自身も中国語の授業を無料で受けられる条件だった。
C:「西洋文化」って、何を教えていたの?
A:ほとんどラップミュージック(笑)。
MVを流して、歌詞の意味を説明したりしていた。
C:そんな感じで大学の先生になれたの(笑)?
A:大学では英文学を専攻していたから、一応、学位は持っていたよ。教員養成ではなく、ライティングが専門だったけど。
中国で暮らすうちに、ますますお茶にのめり込んでいった。
成都へ行けば、公園で蓋碗を使って、一日中お茶を飲んでいる人たちがいる。その景色が本当に好きだった。
結局、中国には2年間住んだ。
家族の事情でロサンゼルスへ戻ることになったけれど、その頃には、僕にとって世界中のお茶への扉が開いていた。
中国茶、日本茶、インド茶。
どんなお茶も知りたいと思うようになった。
——話を聞きながら、Alexさんが淹れてくれたのは、夏に飲むのが好きだという生プーアル茶、老班章。
この日の茶席には、涼しげな水辺を思わせる紙と石が設えられていました。
A:お客さんが来るときは、いつも何か小さなテーマを考えるんだ。
今日は暑いから、「川」をイメージした。
本当に気温が下がるわけではないけれど、水の景色を見ると、少し涼しくなったように想像できるでしょう。
C:茶室に、この現代的な家具を置くのもAlexらしいね。
A:普通は置かないだろうね(笑)。
でも、僕はあまり気にしない。
収納も必要だし、布団もしまわなければいけない。伝統的な茶室だからといって、昔の形だけに合わせる必要はないと思っている。
自分なりのやり方で、いろいろなものをミックスしたい。
C:Alexにとって、興味のないお茶ってある?
A:ない。
僕にとって、「興味のないお茶」というものは存在しない。
さっきブータンのお茶の話をしていたでしょう。もちろん飲んでみたい。
セネガルにもお茶の儀式があることを知っている?
西アフリカでは、緑茶とミントを使い、独特の作法でお茶を淹れる文化がある。いつかセネガルへ行って、その土地の人たちが実際にお茶を飲んでいるところを見てみたい。
有名な産地だけではなく、世界中のどんな場所にも、お茶をめぐる物語がある。
僕は、その土地で人がお茶をどう飲み、どう人とつながっているのかを見てみたいんだ。
——話の途中、Alexさんの友人が茶室を訪れました。
ロサンゼルスで共同生活をしていた頃からの友人で、二人が出会ったきっかけもまた、お茶だったといいます。
音楽、サッカー、旅、そしてお茶。
Alexさんは、自分が何かを好きになると、どこへでも行き、時間もお金も惜しまず、徹底的に追いかけてしまうのだと話します。
A:昔の僕は、音楽とサッカーに夢中だった。
最高の音楽を聴くため、最高の試合を見るためなら、どこへでも行った。お金も全部使ったし、何一つ妥協したくなかった。
今は、その情熱がお茶に向かっている。
でも最近、自分がどうしてそこまで何かに夢中になるのか、少し分かってきたんだ。
僕は生まれつき心臓に穴が開いていて、10歳のときに手術を受けた。
本当に、身体の心臓に穴があった。
だけど同時に、自分の心にも穴があるように感じていたのかもしれない。
そして、その穴を何かへの情熱で埋めようとしてきたんだと思う。
「最高の音楽を体験すれば、自分は満たされるかもしれない」
「最高のサッカーを見れば、何かが完成するかもしれない」
そして今は、お茶。
ずっと同じことを繰り返してきた。
でも今は、
「ああ、自分はまた、この穴を埋めようとしているんだな」
と気づくことができる。
だから以前よりも、物事を深刻に考えすぎないようになった。

——茶室の片隅には、少しユーモラスな表情をした陶器のお面が飾られていました。
A:これは15歳のときに初めて作った陶芸作品。ちょっと変でしょう(笑)。
これを見ていると、何事も真面目にやりすぎなくていいと思えるんだ。
お茶だって、真剣になりすぎると、楽しさがなくなってしまう。
音楽も、サッカーも同じだった。
“If you take it too seriously, all the fun is going to go away.”
真剣になりすぎたら、楽しさは全部逃げていってしまう。
だから僕は、お茶を深く知りたいと思う一方で、いつまでも自由に、面白がりながら飲み続けたいんだ。
粉末緑茶を飲んだ西LAの寿司屋から、リトルトーキョーの小さな輸入会社へ。
抹茶から中国の茶館へ、そしてアジアやアフリカのまだ知らない茶文化へ。
Alexさんのお茶の物語は、一つのお茶を突き詰めるというよりも、お茶を入口にして、知らない土地や人、文化に出会い続ける旅のようでした。
有名なお茶にも、まだ名前を知られていないお茶にも、それぞれの土地の暮らしと、誰かの物語がある。
Chiyabaもまた、まだ発見されていないお茶屋、見過ごされてきたお茶の物語など、一杯ずつ皆さまへ届けていきたいと思います。
Alex Dweezy Dwyer/ アレックス・ドゥイージー・ドワイヤー
https://teawithdweez.substack.com/
LA出身、現在は鎌倉市在住のジャーナリスト、ゴーストライター、アーティスト。サッカークラブ Los Angeles FC(LAFC)のコミュニティカルチャーに深く関わりながら、スポーツ、都市文化、人々の熱狂やコミュニティをテーマに、執筆・音声・映像など多様なフォーマットでストーリーテリングを行っている。
また熱心なお茶愛好家としても知られ、中国在住時には中国茶文化に深く傾倒。各地の茶館や日常に根づく喫茶文化に魅了され、現在も鎌倉での暮らしの中で、お茶を通じた文化やコミュニティへの探求を続けている。
Photographer:Ahlum Kim / キムアルム / 김아름
Instagram:@ahlumkim

